[Di]「学校裏サイト」の現状 -神戸自殺事件との関連も

トップページ> , 2007年09月20日


インターネットを利用したいじめが問題になりつつある。いわゆる「学校裏サイト」を生徒個人が制作し、そこで特定の個人を誹謗中傷するという構図になっているようだ。

今回神戸で発生した高校3年生の男子生徒が自殺した事件に関しても、「学校裏サイト」で当人に対し常軌を逸したいじめを行っていた疑いがもたれている。

47NEWSにて配信された記事には、次のように書かれていた。

神戸の私立高校で飛び降り自殺した3年の男子生徒(18)が、同級生の少年(17)から現金を要求されていた恐喝未遂事件で、インターネットサイトに、生徒の下半身の写真が掲載されていたことが19日、分かった。

 このサイトは既に閉鎖されているが、兵庫県警は、逮捕された少年を含む同級生らのグループが写真の掲載に関与した疑いもあるとみて調べる。

 学校関係者によるとことし春、「裏サイト」と呼ばれる掲示板に、自殺した生徒の裸の下半身を撮影した写真が掲載された。写真を見た友人が「これはいじめやぞ」と言うと、この生徒は「罰ゲームやから」と答えたという。

「学校裏サイト」を利用したいじめというのは、年々一般的になりつつある。「匿名性」というネットの性質を生かしたあたらしいいじめの手法は「犯人が分からない」「誰が関与しているのか、誰が本当の味方なのかわからない」という強い恐怖感を被害者に与え、また「広まってほしくないいじめの手法がどこまでもひろがってしまう」ことに対する懸念すら与えてしまうだろう。今回はこの「学校裏サイト」の現状に関して考えてみる。

個人的な話になるが、私の学校にもある種の「学校裏サイト」が複数存在していた。私が知っている限りでは、学年のとある女子に対して男子がセクハラまがいの発言をしたり、あるいは「そういった類の」写真を掲載するようなサイトであった。こういうサイトがネット上にごろごろ存在していることにかなりびっくりしてしまったのだが、それ以上に自分の知り合いがその「標的」、そして「運営者」となっているのを見ると、なんだか非常に残念な思いがしたのも事実である。

さて、「見て不快になるなら見なければいいし、そもそも(関係者以外)見に来ない」というのが彼らの論理だ。私を含む何名かはそのサイトの運営者にメールを出し、「こういうサイトの運営はやめたほうがいいのではないか」と諭してみたのだが、そこで何度も飛び出したのが上記の発言である。彼らは「インターネット=開かれた場所で、本来開かれてはいけない情報が流れていること」に対する倫理的感覚を全く持ち合わせていないのである。

私が思うに、彼らは仲間内で自分たちしか知らない秘密のサイトを運営していることが楽しくてたまらないのではないかと思う。さらにそこで、ある種の「秘密の情報」がやり取りされたり、「作戦」が練られたりすることに快感を覚えるのではないだろうか。秘密を共有した仲間とツルむ、というのはいつの時代においても楽しいことであり、それがインターネットを中心とした活動に変化してもおかしくはない。つまり、彼らにとって「学校裏サイト」とは「噂や秘密の情報がネットに保存されたにすぎないもの」、つまり何の罪悪感もなしに制作することができる不完全な会員制サイトであり、「外部に公開されている」「知らない人もアクセスする」ということを完全に意識していないのだ。

あれこれとネット(主に携帯サイト)を見回った感触として、パスワード制限を設けている場所があまりなかったことがあげられる。だからこそ上で「不完全な」と記したわけだが、これではひょんなことからアドレスを知った同じ学年の人間がその情報に触れてしまい、その後その情報が爆発的に知られていく、ということも十分に考えられる。それまでの「噂」はある程度のコントロールが可能であったが、一度だれの目にも触れられる場所に公開されてしまえばコントロールすることは不可能となる。

このような「不完全な会員制サイト」としての学校裏サイトがいじめに活用されてしまった事例、それが今回の事件であり、またそれ以外にも多くの「いじめ」に学校裏サイトが関与していることが明らかになっている。確かに、本人の目に触れない場所で計画を練ることに「ネット」は適した環境だ。だが被害者から見れば、

  1. 「自分を誹謗中傷しているサイトが存在する」ことに対する不安
  2. サイトを見つけてしまったことに対する不安
  3. サイトの内容に対する不安
  4. サイトに書き込んでいる人物がわからないことに対する不安
  5. 友人に対する疑心暗鬼

と複数の不安を抱いてしまう、大変残酷な「ツール」である。また、それが「文字」として残ることで、対象人物の将来にまで影響を及ぼしかねない。学校裏サイトを製作し、そこで「見えないいじめ」を実行することは断じて許されることではない。

 

しかしはっきりいって、「学校裏サイト」に対する対抗策は存在しないといってよい。「サイトの存在」が知られてもアドレスがわからなくては意味がないし、また「アクセスするな」というのも無理な話だ。やはり、親や教師、そして生徒個人個人が適切なリテラシーを身につけるしかない。特に、両親が「学校裏サイト」の存在とそれを抑制する技術的な対応策を熟知し、子供に通信機能を持つ機材を持たせる場合は適切なフィルタリングを行うことが強く望まれるだろう。また、この「フィルタリング」は社会全体が一致して行わなければ全く意味がない(友人の家や友人の携帯からアクセスすればいいだけの話となってしまうので)。子供達の環境変化に関する問題は「学校裏サイト」の登場で新たな局面を迎えようとしている。

投稿者 admin : 2007年09月20日 23:38

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