[Di]光市母子殺害事件 -揺れるマスコミ、ジャーナリズム-

トップページ> 社会 > 事件・事故 , 社会 , 2006年06月21日


とりあえずさあ、なんか全体的にマスコミが加害者よりな気がするのは僕だけですか?
それはさておき、この光市母子殺害事件というのはどのような事件なのかどうか調べてみた。

少年は一九九九年四月十四日午後二時半ごろ、山口県光市内のアパートの部屋にいた主婦(当時二三)に乱暴しようとし、抵抗されたため両手で首を絞めて殺した。
泣き叫んだ主婦の長女(当時十一カ月)も床にたたきつけ、ひもで首を絞めるなどして殺した。
さらに、小銭などが入った主婦の財布を盗んだ。

うわー、なんだこれは。この少年は当時18歳。当時は少年法で守られていた。当時の様子が、この毎日新聞の記事に書いてあります。それによれば、被害者遺族の本村洋さんはかなりの人格者で、「なぜ加害者ばかりが保護され、被害者は保護されないのか。裁判もどうして被害者の存在を忘れているのか」という疑問をもとに「司法と一般社会の乖離」を指摘し続けているという。僕も確かに「加害者ばかりが保護されている」というふうに感じるし、そもそもどうして未成年だと顔や氏名を出してはいけないのか、あまり理解できない。

今回のマスコミ報道でもそういうことを感じたので、ちょっと書いてみます。

と、その前に、事件の詳しい顛末が書かれた文章が有ったので、それを引用。これは広島高裁の文章のようです。

本件は,原判示のとおり,当時少年であった被告人が,山口県光市所在のアパートにおいて,主婦A(当時23歳。以下「被害者」という。)を強姦しようとしたが,激しく抵抗されたため,被害者を殺害した上で姦淫しようと決意し,被害者の頸部を両手で強く締め付け,窒息死させて殺害した上,姦淫し,その後,同所において,B(当時生後11か月。以下「被害児」という。)が激しく泣き続けたため,その殺害を決意し,被害児を床に叩きつけるなどした上,首に紐を巻いて締め付け,被害児を窒息死させて殺害し,さらに,その後,同所において,被害者管理の現金等在中の財布1個を窃取した,という事案である。

 被告人は,中学3年生のころから性行為に強い興味を持つようになり,ビデオや雑誌を見て自慰行為にふけったり,友人とセックスの話をしたりしていたが,次第に性衝動をうっ積させ,早く性行為を経験したいとの気持ちを強めていた。
 被告人は,平成11年春に高校を卒業し,地元にある配管工事等を業とする会社に就職して,同年4月1日から出勤し,先輩の社員について現場に行き,見習い社員として働いていたが,同月9日及び同月13日は欠勤して,友人宅やゲームセンターでテレビゲームなどをして遊んだ。
 本件各犯行の当日である同月14日も,欠勤して遊ぶこととし,父親や義母の目をごまかすため,午前7時ころ,会社の作業服等を着た上,出勤を装って自宅を出発し,友人宅で遊ぶなどした後,いったん帰宅して昼食をとり,その後,再び自宅を出て本件各犯行に至っている。
 
 本件強姦致死及び殺人の各犯行は,その結果が誠に重大であるところ,犯行の動機に酌量の余地は全くない。すなわち,早く性行為を経験したいとの気持ちを強めていた被告人は,強姦によってでも性行為をしたいと考え,被害者に対し,強姦の目的で暴行を加えた上,被害者から激しく抵抗されると,殺害してまで姦淫し,さらに,殺害された母親の傍らで被害児が泣き続けるのに対し,付近住民が泣き声を聞き付けて上記犯行が発覚することを恐れるとともに,被害児が泣きやまないことに腹を立て,理不尽にも被害児の殺害にまで及んだものであり,その犯行動機は,極めて短絡的かつ自己中心的で卑劣というほかない。
 また,犯行の態様は,冷酷で残虐なものである。すなわち,被告人は,上記会社の作業服を着用し,排水検査を装って原判示の沖田アパート7棟41号室の呼び鈴を鳴らし,被害者がこれを信用したのに乗じて室内に入り,被害者の背後から抱き付き,被害者が驚いて悲鳴を上げて手をばたつかせるのに対し,肩をつかんで後ろに引き倒し,仰向けになった被害者の身体に馬乗りになった上,激しく抵抗する被害者の首に両手を掛けて,その喉仏を両手の親指で思い切り押さえ付けるようにして首を絞めた。そして,被害者が被告人を振り落とそうとして,更に激しく体を動かし,また,被害児が被害者の顔の辺りに這ってきて,激しく泣き叫んでいるにもかかわらず,何らためらうことなく,全体重をかけて被害者の首を絞め続け,被害者が動かなくなった後は,その口に布テープを貼り付けた上,手首を縛って,姦淫の目的を遂げた。
 さらに,被告人は,泣きやまない被害児を床に叩き付けた上,両手で被害児の首を絞めて殺害しようとしたが,うまくいかなかったので,被害児の首に所携の紐を二重に巻き,これを思い切り引っ張って首を絞め,被害児を殺害した。上記一連の犯行において,被害者及び被害児に対する殺意を生じた後は,被告人には,被害者らに対する憐憫の情やその生命を奪うことに対するためらいといった感情をうかがうことはできず,被告人は,強姦と殺人の強固な犯意のもとに,凶悪な暴力によって,被害者らの生命と尊厳を踏みにじったものであり,残虐な犯行というべきである。さらに,被告人は,被害者らを殺害した後,被害児を押入の天袋に投げ入れ,被害者を押入に入れるなどして犯行の発覚を遅らせようとした上,窃取した地域振興券を使用してカードゲーム用のカードを購入するなどしており,犯行後の情状もよくない。

これはひどい。この文章は裁判所の判決文のものなので、情報がきわめて正確であることは間違いない。この少年が死刑になっても、別に問題ないともおもう。

ただ、マスコミはどうも「無期懲役が普通なんじゃないの?」派のようだ。というのも、今日の朝テレビを見ていたところ、この少年の父親が出演していた。父親にはモザイクがかかっていて、顔が判断できないようになっている。父親の発言の内容は、確か「いままでずっと息子(つまり犯人)には会っていなくて、実際死刑になってもいいとも思ったけれど、先日数年ぶりに面会を行った。すると、息子はかなり様子が違っていて、ずいぶんと更生したようだった。今後も更生してくだろうから、死刑にする必要はない。無期懲役で十分」といった感じであったと思う。こういう内容を放送するということは、マスコミもこういう意見を持っているということかもしれない。

でも、マスコミの報道ってなんかおかしいですね。そもそも、加害者の父親がテレビに出てきて、テレビで「うちの息子は大丈夫」なんていってる。DQNの親はDQNってことですか。だいたい、加害者=悪、これは当然の図式なのに、テレビに出た親はどうして最初に息子のした行為に関して反省だとか、そういう意志を示さないんですか。それはさておいて、マスコミだってどうして本村洋さんが死刑を訴えること=「悪」、無期懲役を訴える父親=家族愛に燃える「善」みたいな報道をするんですか。

この犯人は本村さんの家族を奪った訳ですよね。加害者である少年は当然悪い。なのに、どうしてその加害者の少年を弁護するのか、全く理由が解らない。まだ若かったから罪が軽くなるとか、それも解らない。若いとはいえ18歳。小学生と違って、きちんとした理解力、精神があるはずなのですから、そんなことで罪が軽くなるなんて信じられません。

そもそも、テレビに加害者の父親が出演すること自体間違っていると思うんです。そうやって加害者よりの報道をしたって、結局本村洋さんの主張を裏付けする結果にしかならないんじゃあないんですか?

それになに、「俺の息子は反省してる」だと?「加害者少年は反省しているようです」だと?

拘置所で知り合った男性への手紙に、「ありゃーちょーしづいてる」と、遺族を中傷する言葉を書いた。
裁判の過程で発覚し「全く反省していない」と強い非難を浴びたが、
2審判決は「知り合った相手のふざけた手紙に触発された面もある」とも指摘した。

これのどこが反省?「調子づいてる」ってどういうことだよ。だいたい、「知り合った相手のふざけた手紙に触発された」とかいっているけれども、この馬鹿ガキがやった行動はそういう手紙に触発されていい行為じゃないのではないか?

とにかく、この父親は馬鹿。なにが「加害者は悪く言われ過ぎ」だ。殺人者なんて、どんなに悪く言ったって言い過ぎることはないと僕は思う。自分の息子のこと守りたいんだったら、その顔についてるモザイクを取って出演しろ。
それから、マスコミもこんな馬鹿な奴をテレビに出すな。なんでわざわざ加害者優勢な報道をする?

とかいってたら、どうも「加害者少年は反省していない」的な報道をするようになってきたみたいです。上の「マスコミ」に関する部分は当てはまらない面が有ったかもしれません。
放送局によって違うのかもしれない。僕が今日の朝見て、なんだこれはともったのは確かテレビ朝日。さっきみたTBSではきちんと報道していました。

投稿者 admin : 2006年06月21日 20:28

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