[Di]最近の競争的なもの(オリンピックを含む)っておかしくないですか?

トップページ> 社会 , 2006年03月05日

最近の競争的なもの、たとえばオリンピックとか受験とかがそうですが...そういうのをやる人間って、最近ちょっと違っている気がするんです。

例えば安藤美姫とか。
国の期待を一身に背負って、成功確率が極めて低い4回転ジャンプをやって見事転倒。その後も転倒転倒。終わった後の感想は「大舞台で4回転ジャンプが出来てよかった」。

こういう感想しか持たないから、日本はオリンピックでメダルが取れないのではないだろうか?

最近の選手は、みんなそろって「自分との戦い」という。確かに、勉強にしろスポーツにしろ、自分の「楽をしたい」という感情との戦いや緊張との戦いに勝たなくてはいけないというのはかなり重要で、この言葉というのは合っていることは合っている。けれども、やっぱり戦いというのは周りとの戦いであって、そちらだってきちんと考えていかなくてはいけないのではないだろうか?

たとえば安藤選手が「悔しい」などといっていたら、僕はこんなことを書かなかったと思う。けれども感想が「大舞台で挑戦できてよかった」だ。これはなんかおかしくないか?

オリンピックっていうのは本番だ。練習は失敗してもいいけど、本番は失敗は許されない。ピアノの発表会とかそういう小規模なものであったって、本番で失敗するというのは(本当は)赤面もので、「練習不足だった」「悔しい」という気持ちが起こるのが当然である。なのに、多分今を生きる大多数の若者はそういう感情を感じないで「自分なりに精一杯がんばったからいい」などと思うのだろう。反省がないから、次へ続かないのではないか。

なんでもかんでも、「自分のなかでは満足」「精一杯やったからそれでいい」ではいけない。自分では満足していてても、それが結果に成っていなかったら意味がないのではないだろうか?大学受験においても、センター試験なんかで「志望校には足りなかったが、自分の中ではこの点数で満足している」でいいのか?それはおかしいだろ!一生懸命練習して、それで本番に臨んで、それで失敗した人間だったら、「悔しい」の一言ぐらいで立っていいものだ。なのに、その感情が「自分の中では満足」と、反省を促さない、失敗を肯定するそういう文句によってかき消されてしまうのは明らかにおかしいのではないか?

こういう人間が多かったら、いつまでたっても前進しないと思う。ハングリー精神にかける、とでもいうのだろうか。今に甘んじてはいけなくて、それ以上を目指さないと、競技や受験では負けてしまう。しかし、今の社会風潮では心の中で満足すればいいということに成ってしまうらしい。それは明らかに間違っている。自分の中での満足を求めるのもいいが、競争相手が存在するということも忘れてはいけない。

だいたい、目標に届かなかったけれども満足、というのは僕には考えることが出来ない。目標に届かなかったら悔しいと思うのが普通なのではないだろうか。


投稿者 admin : 2006年03月05日 15:14

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